今日は5月の5日。
我らが雲雀委員長様のお誕生日だ。
世の中はこどもの日で、そんな可愛らしい日に生まれたなんて少し驚いたが、彼の並盛に対する愛着心というか執着心は彼に似つかわず少し子どもじみているのかもしれない。
この4月から風紀委員として私もこの応接室に入り浸っている。
自ら立候補したわけではない。
クラスで委員会や係を決める日に風邪で休んでしまったのだ。
友達から授業のプリントを渡されながら、そんな事実を突きつけられて絶望の淵に立たされたのはつい。1か月前のこと。
最初はビビりながら(今もビビっているけど)だったけど、1か月経つと意外なことに小鳥を愛でていたりと今まで知らなかった彼の側面を知ることができたので今まで持っていた彼へのイメージが変わりつつある。
今までずっと彼のことは怖い、暴力的なんて思っていたけどそんな意外な一面を知っていく度に彼に夢中になっていく。
委員会で遅くなると家まで送ってくれる。今までのイメージが悪すぎたため彼からの優しさに触れるたびに引き寄せられていく。
だから、日頃の感謝も込めて誕生日に何か送ろうと思ったのだ。
草壁さん達は見回りのために、先ほどから校外に出かけている。
今、応接室にいるのは雲雀さんと私だけ。
しばらくしたら、彼も見回りに出かけてしまうだろう。
ってことは今が委員長にプレゼントを渡すチャンスになる。
彼に声をかけるタイミングを窺うが、書類を見つめている。
しばらくして委員長が書類を机に置いて、学ランに手を取る。
(今がチャンスだ!)
「い、委員長。」
意を決して、彼に声をかけると「何?」とちょっと不機嫌そうな顔。
出かける準備をしているところを邪魔してしまったからだろう。
少し躊躇してしまうが、頑張って呼び止めたんだ。ここで渡さないとそれこそマズイ。
「お誕生日、おめでとうございます。」
緑色の小さな箱を彼に差し出すと、「ありがと。」と受け取りポケットに入れてくれた。
まさかそんな簡単に受け取ってもらえるなんて思ってなかったから呆気にとられていたら委員長の眉間に皺が寄る。
いけない、出かける彼をこれ以上邪魔するとさらに不機嫌にさせてしまう。
「じゃあ行ってくるから留守番、頼んだよ。」
「はい、行ってらっしゃい。」
プレゼントを受け取ってもらえたことについニヤニヤしてしまう。
何より行ってくると言った彼の顔が、少し微笑んでいるように見えたから自惚れてしまう。
「ヤバイヤバイヤバイ。」
笑みが止まらない。傍から見たら変な人だろうが、そんなこと気にしない。
そもそもこの応接室には私一人しかいない。
「どうしよう。好きすぎる。かっこよすぎる。心臓に悪い。」
あんな綺麗な顔で微笑まれたら一溜りもない。
あー、本当に幸せだ。1か月前の私、よく風邪を引いてくれた。
今までずっとあの風邪を憎んでいたが、これほどにも感謝する日がくるなんて。
「君は何バカなこと言ってるんだい。」
一人悶絶していると扉のほうから聞きなれた声がして思わず動きが止まる。
この声は間違いなく、彼の声だ。
恥ずかしすぎて顔が上げられない。
この痴態を見られ、聞かれた。さっきまでのあの幸福感はいつの間にか消えてしまい、今度は全身が凍るような感覚に陥る。
終わった、私。
「で、いつまで下を向いているつもりなんだい。」
足元ばかりを見ていた視界に彼の足が入ってくる。
しびれを切らして、腕が伸びてくるのが見える。
あぁ、これで終わりだ。殴られる。
キュッと目を瞑り痛みに耐えようと歯を食いしばると頬に温かいぬくもりを感じた。
何時までたっても覚悟していた痛みは来ることなく、恐る恐る目を開けると目の前には彼がいた。
「ねぇ、もう一度さっき言ってたことを言ってみてよ。」
「……さっき、言っていたことですか?」
うん、と頷く。
「ヤバイヤバイヤバイ、ですか?」
「もっと後。」
「心臓に悪い。ですか?」
「その前。」
「……かっこよすぎる。」
「その前。」
「…………す、好きすぎる。」
ボッと顔中が熱くなるのが自分でもわかる。
心臓がバクバクと言っており、耳が痛い。
彼を見ていられなくなって、また下を向いてしまう。
が、それを彼が許さず再び顎をクイッと持ち上げられる。
目の前の彼はとても楽しそうな眼で、私を見ている。
きっとこれからどうしてやろうかと考えているのだろう。
こんな下心のある者を、彼が風紀委員に置いておくわけがない。
まさかこんな形で私の恋も、委員会も終わってしまうのかと思うと泣けてくる。
私はひっそりと想って、彼の近くに居れることができれば満足だったのに。
プレゼントなんか送ろうと思ったことが、まず烏滸がましいことだったんだ。
目の前がどんどん滲んできて、彼の顔も歪んでいく。
もうどんな顔しているのかもわからない。
瞬きをすれば涙が溢れてくるのがわかる。
「どうして泣くんだい?」
頬に暖かなものが触れる。
ふと目を開けると彼の顔がグッと近くなっていて、涙を舐められていることがわかった。
回らない頭をフル回転させても、今の状況が飲み込めない。
一つわかるのは彼がやっぱり楽しそうな表情でこちらを見ていること。
「僕がどうして君を風紀委員に入れたかわかるかい?」
「……クラスで決まったことだからですか?」
「僕がそんなことに従うと思うかい?そもそもどうやって君が風紀委員になったかを知らないようだね。」
彼が少し、ムッとしたような表情なったのがわかった。
どうやって風委委員になったかなんて、休んでたんだから知るはずがない。
みんな嫌がって、休みなのを良いことに押し付けられたんじゃないのか。
「本当にわかってないようだから、教えてあげるよ。君を風紀委員に入れるようにしたのは僕。」
へ?どうして委員長が私を風紀委員に入れようとしたの。
話がよくわからない。
「……やっぱり君ってバカ?」
なんだかさっきまで止まらなかった涙が嘘のように引っ込んでしまった。
「僕が、どうでもいいような草食動物を自分の手元に置くとでも思うのかい?」
再び心臓が息を吹き返したように振動していく。
委員長の一言一言に思わず勘違いしてしまう。
委員長が望んで私を風紀委員に入れた。その事実だけで、逆上せ上がってしまいそうだ。
「い、委員ちょ」
最後の一言を言い終わる前に唇が塞がれた。
一瞬なにが起きたのかわからなかったが、唇に触れた柔らかい感覚の正体は間違えなく彼から与えられたものだった。
「好きだよ、。」
「わ、私も委員長が好きです。」
知ってる、という言葉とともに温かい感覚に包まれる。
「もう君は僕のものだから。」
そう言って再び唇に柔らかい温もりが降ってきた。
誕生日 5月5日
委員長、おめでとうございます。
2012.5.5