きっかけはほんの些細なことだった。
昨日、蓮二が女の子に呼び出されていた。
そんなの珍しいことじゃないのはわかってるし、初めてでもない。
ちょうどそこに出くわしてしまった、だけのこと。
学年がひとつ下の、まさに可愛らしい女の子という形容詞がばっちり当てはまるような子が彼に告白していた。
別に好きで覗いていたわけではない。
偶然、私もその呼び出された図書室の、しかも人がなかなか入ってこないコーナーで宿題で必要な資料を探していたから。
声が聞こえるなぁ、なんて聞き耳を立ててたらそこには蓮二がいて。
よくよく聞いてみると、愛の告白をされていて。
やっぱり蓮二ってモテるんだなぁ、なんて他人事のように聞いていて。
彼が「すまないが、気持ちには答えられない。」なんてキッパリと断ってくれているのに安心感を覚えていた。
女の子は少し泣いていただろう。
誰だって好きな人に思いを伝えて、振られれば切ないものだ。それに泣くことで気持ちを切り替えることができる。
なんだか人の告白を盗み聞くのはあまりいい気分ではないな。
彼は私と付き合っているから、あの子は振られた。そんな事実からなんとなく罪悪感が生まれてくる。
「……なんか疲れちゃったなぁ。」
「なんでお前が疲れるんだ?」
「うぉう!ビックリするから急に声かけないでよ。」
思わず変な声が出ちゃったじゃん。後ろから声をかけられて振り向くと、そこには蓮二が立っていた。
ってゆうか部活に行ったんじゃないの?
「珍しいな、お前が図書室にいるのは。」
「宿題で必要な資料を借りにきたんだよ。」
私が珍しいことをするから、あんな場面に遭遇したのかもしれない。
普段は絶対にやらない宿題にやる気を出して、普段来もしない図書室なんかに来たから、こんなモヤモヤとした気持ちに包まれているんだ。
「そうか。」
彼もそんな私の行動がよほど珍しいと思ったのだろう。一瞬だけ驚いたような表情をした。
「それと覗き見は関心しないな。」
あ、やっぱり気づいてたんだ。
「ごめん。覗く気はなかった。」
誰が好き好んで自分の恋人が告白されているところを覗くものか。
「その気がなくても、お前のその行動に傷つく奴もいる。」
そう言って蓮二は図書室から出て行ってしまった。
傷つく奴ってゆうのはあの女の子のこと?
私が覗いていたから、彼女が傷ついてるってゆうことだよね。
なんで偶然居合わせて、告白が耳に入ったからって責められなくちゃいけないの?
行き場のない苛立ちだけが残り、本来の目的を忘れて私は家路についた。
翌朝。
もともと今日は蓮二の練習が休みということもあって、一緒に買い物へ行く約束をしていた。
待ち合わせもずいぶん前に決めているから、特別に連絡をする必要もない。
ただ、昨日の今日だ。
あんなことがあったのに、今日は一緒に買い物なんてできるのだろうか。
そもそも彼は約束の時間に来てくれるのだろうか。
もしかしたら暗黙の了解で、今日は中止かもしれない。でも、もし彼が待っていたら、と考えると約束の時間に間に合うように準備を始めた。
いつもなら蓮二とデートができると洋服を選ぶのも、髪型を決めるのも彼を考えて楽しむことができているが今日は気分が重い。
少しでも可愛いって思ってもらえるようにと、鏡の前で格闘するのが恒例だが、今日はそんな気分にもなれず近くにあった洋服に決めてしまう。
……なんでこんなことになっちゃったんだろう。
昨日の彼の言葉が頭から離れず、夜も十分に眠れなかった。
考えても考えても、彼の言いたいことがよく分からず、結局は私の無意識の行動が彼女を傷つけてしまったということなのだろう。
「行きたくないなぁ……」
一体どんな顔して彼に会えばいいんだろう。
考えれば考えるほど憂鬱になっていく。
とりあえずの支度を済ませ、私は重い足取りで目的地へ向かった。
待ち合わせ場所に着くと、彼はもう到着していた。
「ごめん。お待たせ。」
「大丈夫だ。待ち合わせ時間はあと5分後だからな。……行くか。」
待ち合わせ早々なんとなく気まずい雰囲気。
そうさせているのは自分自身なんだろうけど、どう自分が振舞っていいのかわからなくなる。
そんな中、蓮二はいつもと変わらない様子で先を歩いて行く。
私がいつも行く、お気に入りのお店までの道のり。
いつもと違うのは、私の方を見てくれないこと。
これじゃ、謝るにも謝れない。
どんどん先に行ってしまう蓮二に小走りで着いていく。やっと追いついて彼の上着を少し引っ張ってみても一度見るだけですぐに前を向いてしまう。
「(なんか頭にきた。)」
わざとスピードを落とし、蓮二と距離を空けていく。
どうせ気付いても、彼が私を気にすることはないだろう。
ふと気がつくと公園が目につく。
「(前はよくここにきてたよなぁ。ベンチに2人で座っていろんな話をしたっけ。)」
先を行く彼にふと目をやるが彼はどんどん先へ進んでいる。
「まぁいっか。」
このまま彼の後ろを着いていってもどうしていいか分からない。
一人道を曲がり、公園のベンチへ向う。
ベンチに座ると一気に彼との思い出が思い返される。
懐かしさと、彼への愛しさが胸に込み上げてくるが同時に今彼が隣にいない寂しさが胸を締め付ける。
本当になんでこんなことになっちゃったんだろう。
いつもだったら彼と会えることが、一緒に居られることが嬉しくって一人でニヤニヤしちゃったりもして、あぁ恋愛って楽しいんだなぁとか、蓮二が好きなんだなぁとか思ってるのに。
学校でのスキンシップを好まない彼だけど、こうやってデートの時は手を繋いでくれたりするから毎回調子に乗って手を繋いだり、腕を組んだりしてたっけ。
……そういえば、今日は蓮二に触れてない。
だから余計に寂しいのかもしれない。
「……蓮二のバカ。」
「誰が馬鹿だ。それはお前だろう?」
後ろから声がして、ふと見上げてみると先ほどまで考えていた彼がいた。
「なんでいるの?」
「……一緒に買い物に行く約束をしていたと思ったが。」
それはそうだ。でも私のことなんて気にしないで先に歩いて行ってたのに。
「お前がこの公園に行ったことなど気づいているに決まっているだろう。」
そういってベンチの隣に腰を掛ける。
「で、俺に言いたいことがあるのだろう。」
「勝手に離れてごめんなさい。」
そう言って彼の方を向くとピクっと眉間が動くのがわかった。
「そうじゃない。」
これは蓮二が怒っている時の顔。
そうじゃないってことは昨日のこと?
なんでこんなに彼がこのことに拘るのかがよくわからなかった。
「昨日の覗いたこともごめんなさい。」
なんだか泣きそうになる。
居た堪れない気持ちになり、下を向くと彼の手が伸びてくるのが見えた。
気付いた時には彼に腕を引かれ、彼の胸に飛び込んでいて一瞬にして彼の香りに包まれた。
突然のことに驚いて彼を見ようとしてもそれをさせまいと頭を手で押さえられている。
「別に覗いていたことに怒っているわけではない。ただ……」
「ただ?」
歯切れの悪い彼は珍しい。
手の力が緩んだことに気付き、彼を見上げる。
そこには眉を少し下げたような、彼が傷ついている時の顔があった。
「告白されていたのを食い入るように見られているのは、なんだか信用されていないような気がしてな。それにそんな場面に出くわしたのにお前は焼きもちの素振りすら見せないじゃないか。」
「ちょっと!いつ私が蓮二を疑ったのよ。むしろ蓮二は必ず断ってくれるって信じてるからあんな場面に出くわしても何も言わないんじゃない。」
嫉妬しない訳がない。でも蓮二が私のことを大切に思ってくれているのがわかるから。
「そうだったのか。……すまない、。」
「ごめんね、蓮二。」
一度だけ、唇に降る柔らかい感触。
いつもと同じような、彼の優しい眼差しがそこにはあった。
「ふふ。蓮二にも思い違いがあるなんてね。いつも言ってることが正しいからなんだか可笑しくなっちゃう。」
「俺だって完璧じゃないさ。特にお前に関することだと冷静さを欠く。」
「ちゃんと私に関するデータは取っておいて貰わないとね。またこんなことじゃせっかくのデートが台無しになるからね。」
あぁ、いつもの彼に戻った。彼の持つ独特な柔らかい雰囲気。
ベンチを立ち、今度は手を繋いで歩きだす。
すると彼が屈み、そっと耳打ちされた。
「、好きだ。」
少し照れたように微笑む彼を見つめ、返事の代わりに頬に口づけをした。
「の機嫌が直ったこと、100%だな。」
「蓮二もでしょ?」
せっかくの休日。喧嘩なんかしてたらもったいない。
そんなことにさえ気が付けなかったけど、仲直りもしたしまだ残っている時間を最大限に楽しまなくっちゃ。
「そうだな。」
ギュッと手を繋ぎ直されて、笑みが零れる。
昨日からお互い勘違いして嫌な思いもしたけど、こうやって気持ちに気付くことができたんだから意味のあることだったんだ。
不機嫌な理由
君を思うからこその不機嫌。
柳は少しくらい不器用なほうがいいと思っています。
2012.4