昔話っていうのは昔のことだから懐かしいし、楽しいもの
まだ懐かしさに換えられていない想い出は痛みも伴う。















なんだかいつもと様子が違う。
もともと掴みどころのないところはあったが、今日は一段とフワフワしている。
別に浮かれて浮足立っているのではなく、なんとなく落ち着かないような、居心地の悪そうな感じというのだろうか。
合宿が始まりまだ2日目だが、の様子がおかしい。
―――昨日の夜に何かあったのか?
夕飯までは一緒に過ごしていたが、それまではいつもと変わらなかった。
それ以降は別々に過ごしたからわからない。
にちょっかいを出せるのはウチのメンバーか、昨日声をかけていた藤代かはたまた別の誰かか。
ウチのメンバーでにちょっかいを出して影響を与えられるのはマサキだろう。
だが、マサキもの異変に気づき今まさに声をかけているところ。
そうなると残るは藤代か?
そんなことを考えていると―――
、はよー。」
オールバックの奴がに挨拶をした。
「おはよー、小鉄。」
小鉄、と呼ばれた男はたしかBグループの将たちとつるんでいた奴だ。
なんでそんな奴がと親しげに話をしているんだ?
モヤモヤとしたやり場のない気持ちが胸のあたりを蠢いているのが自分でも嫌なくらいわかる。
考えれば考えるほど、その不快感は身体を支配していった。
そもそもなんでこんなにのことを考えてるんだ。
「……馬鹿みたい。」
小さな声で呟いた一言は、多分誰にも届いていないだろう。
考えてみればのことを何一つ知らない自分がいて
そのくせ、些細な変化には目ざとく気づいている自分がいる。
(なんかムカつく。)









昨日はたくさん泣いて、でもしっかり目を冷やしたから傍から見れば何一つ変わりない。
泣いたあとはぐっすり眠れるから睡眠も十分にとれた
十分にとれたはずなのに、なんとなく気分が晴れなかった。
重たい感じ、外はこんなにも晴れて気持のいい日和なのに私の心の中は曇天。
だからと言って休めるはずのないこの仕事を放棄する訳にもいかず、こうして今日もマネージャーとして出てきている。
「まぁ、仕事を淡々とこなせば今日は終わるだろう。」
そうしたら今日も早く寝よう。
こんなときは寝るに限る。
よし、頑張ろうか。
「お前、大丈夫か?」
「うぉ、マサキか。いきなり声掛けられるとびっくりするじゃん。」
「バーカ、目の前にいてびっくりするとかどれだけ寝ぼけてるんだよ。」
そういってまた髪の毛をクシャクシャと撫でてくる。
「せっかく髪の毛セットしたのにー…。」
「それよりお前どうしたんだよ。なんか変。」
驚いた。なんで変化に気づくんだよ。
「何にもないけど、やる気がないのが態度に出てきちゃっただけかも。」
あながちウソではない。
この幼馴染に嘘は通用しない。今までだって些細な変化に気づいて、その度に手を差し伸べてくれた。
だけどこればっかりは自分で乗り越えなくちゃいけないことだし、マサキに頼るつもりもない。
だから言わない。
「……言いたくないなら聞かねぇけど、無理はすんなよ。」
「ありがと。」
その一言だけで充分だよ。
ちゃんと乗り越えることができたら、その時は笑い話にでもして話すから。
「翼も心配してるから、挨拶ぐらいしてやれよ。」
「へ…翼さんが?」
確かに先程から痛いくらいの視線を感じてたけど、翼さんにもばれてたのか。
どれだけ態度に出てたんだ?
自分では完璧と思っていた分、残念な結果に少し肩を落とした。








「お疲れ様です。翼さん。」
休憩中の翼さんへドリンクを持って声をかける。
「サンキュー。」
そう言ってドリンクを受け取ってくれるが、顔がちっともこっちを向いてくれない。
いつもならニコ―っと綺麗な笑顔で受け取ってくれてた気がするのに。
練習がうまくいかず、虫の居所でも悪いのだろうか。
彼に限ってそんなことはないと思うが、選抜に選ばれるくらいの人たちが集まっているのだからそういったことが起きてもおかしくはないのか?
「……お疲れですか?」
そう言って隣に座ると
「お前と小岩ってなんなの?」
なんで小鉄?
「小岩って小鉄のことですか?ただの友達ですけど。」
うん、小鉄は友達だよね。
ふーん。と素気ない返事しか返ってこない。小鉄との間に何かあったのだろうか。
間違いなく翼さんと小鉄で何かあったら、小鉄はコテンパンにやられているだろう。
でも今日も元気に挨拶していったし、小鉄には何の変りもないように見えた。
「翼さん、小鉄と何かあったんですか?」
意を決して聞いてみる。
「……お前こそ何かあったんじゃないの?」
ようやく顔をこっちに向けてくれた。
なんとなく寂しそうな顔で―――
この人はどこまで気づいているんだろう。
私の異変に気づいて、しかも小鉄と何かあっただなんて勘繰るなんて。
「小鉄とは何もないですよ。ただ懐かしい話を少ししたくらいですし、小鉄と何かあるなんてちょっと嫌ですし。」
ゴメン、小鉄。私はアンタと間違いは起こしたくない。
「ぷっ、酷い言われようだな。」
やっと笑ってくれた。
翼さんの笑顔を見て、私も自然と笑っていた。
それから少し他愛のない話をして、翼さんは練習に戻っていった。
「何があったかわからないけど、一人で抱え込むなよ。」
お前はヘラヘラ笑ってるのが似合うから。
綺麗に笑う翼さんに思わず見惚れてしまった。
(なんかドキドキしちゃったよ。)
こんなにもみんなに心配してもらっていたんだという嬉しさで自惚れてしまいそうだ。
頬が緩むのを感じながらも、先ほど言った翼さんの一言が引っ掛かった。
「……ヘラヘラって褒められてないよね。」